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2009年11月

霧に浮かぶ渡良瀬遊水地

2009.11.22   11.26

栃木県・藤岡町にある渡良瀬遊水地は、1906年足尾鉱毒事件の被害を防ぐため旧谷中村を強制買収し、その土地に、鉱毒を沈殿することを目的として造られ、現在は洪水防止の遊水地として、面積33k㎡、周囲延長30kmの大規模に整備されている。

26日3時半家を出発6時遊水地に到着すると、すでに何人かのカメラマンが堤防の上に三脚を構えていた。今朝は霧が発生、遊水地全体を覆っている。

黒々とした樹木の姿が、点々とまたときには、重なり合いながら、流れる霧の中に現れては消え、地に這う夜露に濡れた葦群も流れるように見え隠れする。

やがて、太陽が顔を出し光りの衣を着せる。素晴らしい水墨画の夢幻の世界が広がってきた。地球のドラマ、この感動を味合うことが出来、早起きで再度訪れた甲斐があった。

当初22日に、写真ツアーの夜行バスで来たときは、霧が無くこの感動は味合えなかったが、しかし、葦のなかの路を一日散策し、特に池内水路に生息する白鷺等の楽園や、鮒獲りの風情など、味のある写真を撮ることができた。

写真をクリックすると大きくなります。

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写真展の出展で思うこと

2009.11.9~14。東京銀座写真K社ギャラリーで写真展示

今回、私が入っている「コダックフォトクラブ・コスモス支部」の写真展が開催され、所属18名が2点ずつ計16点を出展した。

この会は、全員が銀塩写真の愛好家で、半数以上の人が中判以上の大型カメラを使用し、また、有名写真家のクラブに所属している。また、会の先生は永年キャノン・クラブ等で指導や審査に当たっていた方で、私は、写真の持つ感動と啓蒙を求めて入会を続けている。

テーマは「季節のアルバム」で、日本の四季の美しさを表現した写真は、いずれも見ごたえがあり、素晴らしものばかりであったが、それにも増して、皆さんが日本中を駆け巡り、特に、山中などで夜・昼問わず多少の危険など、ものともしないで撮った行動力には頭が下がるのみである。

私が当番の日は小雨の日にもかかわらず、朝から多数の方が見えられ、いろいろなご感想やご意見を述べられ、改めて写真を趣味とする方の多いのに驚いた。

考えてみるに現在は、デジタルカメラ全盛と考えるが、銀塩写真の格調高い色調には、とても及ばないのではと思う。この古典的ともいえる銀塩写真を手本とし、心に留めながらながらデジタルカメラを使いこなせば、趣味としての写真の楽しさをさらに深く追うことが出来るのではと思う。私は何時も35mmではあるが、この2種類のカメラを持ち歩いている。

私達日本人は、昔より自然との共生を大事にし、豊かな詩情と情感、それに美意識を感じてきた。感動を感じたら撮る。撮ればまた感動を感じる。そして、感性を高めることが、心を楽しく、豊かにする源になるのではと思う。

下記に私が出展した写真2点を掲示します。写真をクリックすれば大きくなります。

Conv000002029s_2 (福島県奥合津) Conv3140s_2 (京都府丹後袖志)

  せせらぎの調べ                棚田落日

  

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紅葉の二十曲峠より富士を眺める

2009・11・9日、二十曲峠からの富士山

国道139号線から忍野高原に入り、村役場の前を通りさらに東に進むと二十曲峠入り口の看板がある。狭い峠路を登っていくと標高1155m、眼前に富士山が飛び込む絶景の撮影ポイントが開ける。

今朝は快晴の秋日和、数台の車からカメラマンが三脚を立てていた。秋たけなわ紅葉真っ盛りの樹木の下部には忍野高原、山中湖が広がり、その先には頂上に薄雲がたなびく富士山がどっしりと構えていた。素晴らしい眺めである。

富士山は、いつ見ても心に響く。さすが、日本一の山である。ベンチに腰掛て時の経つのも忘れて見惚れていた。

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浅草界隈散策で、どぜう料理に舌ずつみ

2009・11・12 浅草界隈散策

会社を卒業してから幾許か、無為無策で残りの人生を送っては勿体無い。かって、同じ職場で働いた者10名ばかりの有志で夫々の趣味を披露し合う「道楽会」を結成、年2回程度親睦をはかっている。

今日は、江戸時代の風俗や、地理を研究・探索しているN氏の話を聞きなら、浅草界隈を散策し、過ぎ去った歴史の流れに想いを馳せた。

10時半、浅草寺雷門の前に集合し、境内の散策から始まった。雷門の右に風神、左に雷神はいつもよく見るが、N氏の指摘で門の裏側に金龍(女神)と天龍(男神)の像があるのには、今迄全然気が付かなかった。また、宝蔵門の手前西側にある伝法院は、浅草寺の宿坊で修行道場でもあったそうで、現在、非公開で3700坪余り、回遊式庭園があるとのこと。「仲見世」は現在両側合わせて90店余りとか、N氏が見せてくれた江戸時代の絵図には掘っ立て小屋によしずが立て掛けてある風情が、すがすがしく描かれていた。

本堂の東側に浅草神社があり、説明板によると推古天皇の時代、浜成と竹成が隅田川で浅草寺本尊の観音様を網で拾い上げ、その主人真中知が像を奉安したといわれ、この3人を祀った神社で、「三社様」と呼ばれたそうである。こちら側に参拝者はあまり来ないようである。

墨田川に沿って公園を散策した。桜の葉がやや赤茶けて染まりだしていたが、春は素晴らしい桜の公園になるとのこと。墨田川の言問橋では、東京大空襲の夜、炎を逃れて橋の両側から人々が押し寄せ、焼かれながら川に飛び込み、屍累々の川となったという。悲痛が胸を打つ無常の橋である。

山谷堀に架かる「今戸橋」は堀が埋められ、今は親柱のみである。ここは、広重にも描かれた風景明媚な所であり、また、焼き物が盛んで「今戸焼き」が有名な所でもある。N氏の絵図にはこの先に「吉原」の遊郭があり、付近は田圃で裏山には樹木が茂っている。当時の人々の暮らしに想いを馳せるとき、時の流れを感じる今の眺めである。

今戸橋越に待乳山聖天がある。江戸時代には境内2千7百余坪、墨田川の眺望が良く、詩や歌にも読まれて江戸名所の一つとして知られ、参拝客で賑わったとある。境内各所には大根と巾着が印されている。夫婦仲良く一家の和合と商売繁盛を表し、聖天さまのご利益を表わしているそうである。皆で参拝し家族の幸せを祈った。

散策を終わり、どぜう店でどぜう鍋に舌ずずみをうちながら、近況報告で今日の会を終了した。会の皆さんの活き々としたお話と活躍ぶりに、自らを励ますことが出来た楽しい一日でした。案内して頂いたN氏に心から感謝する次第です。

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卒業58年の高校同級会

11月3日~4日・青梅で同級会実施。

山梨県立Y工業高校工業化学科を卒業してから、半世紀を越える年月が経ち、級友28名のうち亡き友はすでに7名余り、集まった者は僅か9名であった。紅顔の美少年から幾星霜、今は70台後半、長い人生の苦難を刻み付けた厳しいが、豊かな表情の印象に変わっていた。

想えば終戦直後の混乱期から抜き出せない時代、買出しで超満員の列車のデッキにぶらさがり、命掛けの通学をしながら、化学工業の未来を夢見ながら楽しい勉学であった。当時の写真を見ながら、今は亡き恩師や友を偲びながら昔話に花が咲く万感の会であった。

卒業後、会社で日本の工業発展の礎を築いた苦労話、事業を興し苦難を乗り越えた経験談など、豊かな時代に育った若者に聞かせたい話である。七転び八起き、こんな時代だからこそ、夢を持ち、活路を見出さないと日本はグローバル化の世界で沈んでしまう。今春K大学理工学部に入学した孫Yの将来に思いを馳せた。

今回集まった友は、皆、健康で元気者揃い、まだ、現役の続きをしている者、趣味を持ち、豊かな人生を送っている者など様々であるが、そろそろ病が近ずく年齢でもある。しかし、感動を持ち続けるかぎり、活力ある人生が送れるのではないか、私は今写真を趣味とし、感動を求めた生活を送っている。この積極的な気持ちがあれば更に心豊かな人生が送れるのではないか。

幹事O君の案内で青梅沿線の名勝鳩ノ巣渓谷や、羽村堰などを散策し、次回の再会を約して別れを惜しんだ。

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