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浅草界隈散策で、どぜう料理に舌ずつみ

2009・11・12 浅草界隈散策

会社を卒業してから幾許か、無為無策で残りの人生を送っては勿体無い。かって、同じ職場で働いた者10名ばかりの有志で夫々の趣味を披露し合う「道楽会」を結成、年2回程度親睦をはかっている。

今日は、江戸時代の風俗や、地理を研究・探索しているN氏の話を聞きなら、浅草界隈を散策し、過ぎ去った歴史の流れに想いを馳せた。

10時半、浅草寺雷門の前に集合し、境内の散策から始まった。雷門の右に風神、左に雷神はいつもよく見るが、N氏の指摘で門の裏側に金龍(女神)と天龍(男神)の像があるのには、今迄全然気が付かなかった。また、宝蔵門の手前西側にある伝法院は、浅草寺の宿坊で修行道場でもあったそうで、現在、非公開で3700坪余り、回遊式庭園があるとのこと。「仲見世」は現在両側合わせて90店余りとか、N氏が見せてくれた江戸時代の絵図には掘っ立て小屋によしずが立て掛けてある風情が、すがすがしく描かれていた。

本堂の東側に浅草神社があり、説明板によると推古天皇の時代、浜成と竹成が隅田川で浅草寺本尊の観音様を網で拾い上げ、その主人真中知が像を奉安したといわれ、この3人を祀った神社で、「三社様」と呼ばれたそうである。こちら側に参拝者はあまり来ないようである。

墨田川に沿って公園を散策した。桜の葉がやや赤茶けて染まりだしていたが、春は素晴らしい桜の公園になるとのこと。墨田川の言問橋では、東京大空襲の夜、炎を逃れて橋の両側から人々が押し寄せ、焼かれながら川に飛び込み、屍累々の川となったという。悲痛が胸を打つ無常の橋である。

山谷堀に架かる「今戸橋」は堀が埋められ、今は親柱のみである。ここは、広重にも描かれた風景明媚な所であり、また、焼き物が盛んで「今戸焼き」が有名な所でもある。N氏の絵図にはこの先に「吉原」の遊郭があり、付近は田圃で裏山には樹木が茂っている。当時の人々の暮らしに想いを馳せるとき、時の流れを感じる今の眺めである。

今戸橋越に待乳山聖天がある。江戸時代には境内2千7百余坪、墨田川の眺望が良く、詩や歌にも読まれて江戸名所の一つとして知られ、参拝客で賑わったとある。境内各所には大根と巾着が印されている。夫婦仲良く一家の和合と商売繁盛を表し、聖天さまのご利益を表わしているそうである。皆で参拝し家族の幸せを祈った。

散策を終わり、どぜう店でどぜう鍋に舌ずずみをうちながら、近況報告で今日の会を終了した。会の皆さんの活き々としたお話と活躍ぶりに、自らを励ますことが出来た楽しい一日でした。案内して頂いたN氏に心から感謝する次第です。

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