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高原列車・小海線を撮る。終戦の日に想う。

2010・8・5日&13日

小海線は中央線小淵沢駅から、しなの鉄道小諸駅間79kmを結ぶ、八ヶ岳・高原線であり、また、途中、野辺山駅は標高1354mのJR線最高地点でもある。今回は、写真大好きツアーに参加し、また、再度訪れて撮った写真である。(写真をクリックすると大きくなります。)

W3 小淵沢を出発した小海線は諏訪方面に向ってから、大カーブして甲府方面に戻りながら甲斐小泉駅に向う。

此処は絶好の撮影ポイント、気象条件が良ければ背後に雄大な甲斐駒ケ岳が浮かぶ。

今日は雲に覆われて見えない。しかし、夏雲浮かぶ高原には、爽やかな微風が身体を撫ぜ、気分爽快である。

W_020 田園の田圃は青々としながら、秋の稔りに向っている。緑の中をゴトゴト走るローカル線に長閑なやすらぎを覚える。

今、日本の食糧自給率は40%を割っている。異常気象の進行と人口増加で食糧事情は逼迫していく。食生活の改善と、農業の振興が急務と考える。

W_019 小海線が全通したのは、1935年(昭和10年)であり、1972年まではC56形SLが運行されていたそうである。

現在はハイブリッド気動車、運行は1~2時間に1本。清里、野辺山付近は若者に人気のリゾート地。

また、付近は高原野菜の産地。道路端には観光客目当ての小店が立ち並ぶ。

W_069 清里大橋を渡ると、左側に吐竜の滝があり、川俣川東沢渓谷となっている。この時期、緑の涼風を求めて、子供ずれの観光客で賑わっていた。

川俣渓谷は、八ヶ岳山麓の代表的な渓谷で、赤松、ツガ、ミズナラ、カエデなどの天然樹が繁茂する素晴らしい渓谷である。

W_046_2 付近には、川俣川を取り入れとする村山六ヶ村堰があり、この堰は寛永16年(1633年)頃開削されたとあり、歴史の跡をも感じる渓谷である。

列車の乗客も窓辺から、一瞬の渓谷美を堪能したことであろう。

W_057 野辺山は、JR最高地点である。花園を通る列車に香りの風情を感じるのは、私だけか。

今回は、残念ながら気象の関係もあり、八ヶ岳をバックにした列車が撮れなかったが、秋には、再挑戦したい。

今日は終戦記念日。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・・」昭和天皇の玉音が未だに耳に残る。私は当時、14歳工業学校1年生のときである。山梨の片田舎で聞いたあの一瞬は、死ぬまで脳裏に残るであろう。

あれから65年、先日、NHKテレビで満蒙開拓青少年義勇軍のことが放映された。私も一時憧れ、満州の荒野を走るアジア号、夕日に染まる開拓村のニュース映画にも刺激されて父に話すと猛烈に反対された。

15~16歳の少年達が敗戦の中、軍隊にも見放され、凍土のなかをさ迷い、8万6千人の義勇軍のうち2万人が犠牲となったとのこと。地獄の苦しみを耐え抜いた方々の話を聞きながら、当時、応募された先輩達を思い出し心が震えてきた。

平和ほど尊いものは無い。これから、何十年、いや、何百年、可愛い孫達の将来にに想いをはせながら平和を祈るこの日であった。

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