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2010年9月

中国・金平棚田と紅土地の撮影旅行

2010・9・16~22

中国写真家・呉亜民氏案内による旅行会社主催の撮影旅行に参加した。雲南省・昆明から約360km、バスで12時間、ベトナム国境近くに金平棚田がある。さらにそこから昆明方面に320km引き返して石林があり、なお、その先270kmに東川紅土がある。今回はこの3箇所での撮影の旅である。写真をクリックすると大きくなります

034 雲南省は日本とほぼ同じ面積で、人口は約3700万人、その内3分の1は25種類の少数民族でしめられているそうである。

金平は、苗族・ヤオ族・イ族等の自冶県で人口約30万人。

ここの棚田は広大な山岳地帯に開かれていて、高低差は千mもあり、多種類の稲が栽培されているため、色とりどりの鮮やかさが見事である。

055_2 金平市内から13km、十里村の棚田は黄金色の稲穂が真っ盛り、急峻に数m巾の細長い段々畑は、全て人力による農作業で、その労苦は並大抵のものではない。

しかし、稲田で働く人も、道行く人も収穫で表情も明るい。ニイハオと声をかけると笑顔が返って来る。

158 金平郊外の棚田や、市内から30数km離れた阿得博、風吹坂で撮影を行ったが、標高1600mから眺める棚田のパノラマ風景は壮観である。

等高線のように、刻み込まれた大地の皺、そこに森があり、部落があり、人々の暮らしがある。

これは、1千数百年以上の昔より営々と耕し築きあげた大地の彫刻芸術品である。

221_2  この地は亜熱帯地域、雨量にも恵まれ二毛作、三毛作も可能とか。しかし、そこには強い忍耐力と勤勉によって造り上げた少数民族独特の団結と文化があったものと思う。

村人が大勢集まり、協同で、昔ながらの稲刈り、脱穀作業をしていた。農作業の機械化など程遠い。

私の遠く、幼い頃の、記憶のなかに残る戦前の郷愁が目の前にあり、胸が熱くなった。

まさに、耕して天に登るの景観がピッタリ。紅河の流域から哀牢山脈の頂上近くまで、高い所は千段以上もある。

春には、民族衣装を纏った早乙女達が、聡出で田植えする姿が目に浮かんでくる。

083 今は収穫の時期、ハニ族部落は働く人たちで賑わっていた。民族衣装の女達、貧しい身なりであるが、元気一杯の子供達、そこには、部落や家族の温もりがある。

自然に順応しながら大地を耕す。独特な民族文化・価値観をもちながら、素朴な人生を送る。

今、日本が失ったものがそこにあるような気がする。

027 紅頭ヤオ族の女性は結婚すると、頭髪を剃り、赤い頭巾をかぶる。また、腰当の刺繍が綺麗だ。しかし、最近の若い人たちはこの風習に従わなくなったそうである。

金平市内のマーケットを散策すると、狭い坂道の両側の屋台に果物・衣類・食料品・などが雑多に積まれ、子供連れの母親らしき人々なども混じり、中々賑やかで活況を呈していた。

全て計り売り、値段は日本の三分の一以下である。

栗を10元(150円)買った仲間がいた。日本で買う7~8百円以上の量で、ツアー参加者に配って賞味したが、不揃いとはいえ中々の旨みであった。

112  金平からバスの旅を続け、昆明市から160km東川県の紅土地に入った。

此処は、近年急速に中国写真愛好家の人気スポットになった所だそうである。

酸化鉄により赤く染まった土壌に白い菜の花が真っ盛り。色鮮やかな段々畑の風景は目を見張る美しさである。

026 遠く薄もやが棚引き、朝の光りを浴びて、ソバに似た白い菜の花畑が輝く。長閑な田園風景を眺めていると心がやすらいでくる。

5月頃、雨上がりの時、土壌は真っ赤に染まり、紅の絨毯を敷き詰めてようになるとの事。

しかし、今回は快晴続きでそれ程の色彩でなかったが、むしろ、この淡い彩色のほうが私は好きである。

029 052_2

此処の標高は2300m~2600m昆明が30℃を超える暑さでも、涼風が身体に心地よい。

折りしも朝の通学時間、子供達に身振りで話しかけ、笑顔を交わし合っていると時の経つのも忘れてしまう。

Film2

昆明市郊外の世界遺産石林の裏側は今コスモスが満開。

何万年かの時を経て、石灰質が風雨で溶けながら流され、奇岩が形成されたというカルトス台地が、今花の衣装で着飾っている。

Film3 中国は広い。常夏の雲南省から、冬の極寒東北地方、さらに砂漠地帯まで、少し以前までは、言葉も違う少数民族が自分達だけの生活をしていた。

しかし、現在は中国近代化の波で大きく変貌してきている。高速道路が張り巡らされ、若者達は都会志向となり、そのエネルギーのパワーはものすごい。

しかし、願わくは、この大地に生きる素朴な生活風景が未来に向って続くことを祈って止まない。

今、世界はグローバル化社会で、近代化工業化を進め地球温暖化が進んでいる。日本も先駆けて農業社会の再構築化を進めて、環境面だけでなく、雇用の巾を広げると同時に食糧自給化の向上にもつなげるべきではないかと考える。

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稔りのなかの小湊線をみながら孫娘の幸せを祈る

2010.9.7

房総のローカル線小湊鉄道沿線を散策した。桜と菜の花の咲く頃、賑わっていたカメラマンも、今の時季は殆ど見かけない。しかし、黄金色の稔りの田園をトコトコ走る風情が旅情豊かで心が癒されてくる。

Img_4827 五井駅を出発した気動車は30~40分で上総鶴舞駅に着く。

鶴舞公園はお花見の名所でもある。600本のソメイヨシノが満開の時季には何万人もの人が訪れるそうである。

また、近くには開創7世紀の笠森観音がある。

Img_4887 樹齢数百年の杉や楠と霊場の佇まい、また、階段を登った回廊からの眺めなど心に響く。

さらに、鶴舞駅から40分ばかり上総大久保駅から養老渓谷駅に着く。

この間、稲穂が稔る田園の中を走るローカル線の姿に、いにしえの郷愁をそそる。

006 日本は昔より、瑞穂の国といわれてきたが、近年、輸入に頼るパン食に変わってきた。しかし、将来の需給逼迫のためにも、農業政策を強力に見直すべきではないか。

若い農業後継者が出てきて、休耕田等無くし、この里山風景が将来も益々続くことを願ってやまない。

Img_4798_3 振り返ってみると、昨年の今頃は孫娘が、脳血管奇形で、出血し緊急入院。我が家はパニックに陥った。

その後、手術の経過も良好で、今年から高校生となり、元気に通学している。

生来、字が上手く、イラスト調の絵画好きで年賀状なども全て手書き、勉強はあまり得意でないが、気持ちが優しく、コヒーをいれてくれたり、肩もみ上手で、そのとき私は「極楽々」の気分となり、遠い昔、囲炉裏端で祖父の肩たたきをしたときを想い出す。

将来の希望は、看護士さんになりお年寄りや、病気の人の支えになってやりたいとの事。反対に兄のほうはK大学理工系の2年生で、将来科学技術の最先端に携わりという。

私が亡き後、この2人の孫や、また、別の2人の孫達はどのように人生を送るのであろうか、幸せな一生を送れる様な国になってもらいたいと、心から願わずにはいられない。

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