« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

南信州・阿智村の里・原風景

2010・11月17日~18日

クラブツーリズムの撮影ツアーで、南信州阿智村を訪ねた。村の観光PRに大変尽力された写真家杉本恭子氏の案内で、素晴らしい撮影ポイントを廻ることができ、楽しい旅を満喫できた。

ここは長野県と岐阜県との県境、春は桜花に包まれ、秋はコスモスや柿と紅葉、南アルプスの麓に抱かれた懐かしい想い出が漂う田園の里である。写真をクリックし、大きくして見てね。

001 中央道・園原ICで降りて、伍和の里に向かった。今は合併で阿智村となったが、その前は村として独立していた。

田園の中に大柿の樹が散在している。青空に立ちはだかる満開の柿の実が鮮やかだ。

子供の頃柿木に登り、ほほばった甘い記憶が蘇る。

008 この柿は立石柿というそうで、もう少し経つと柿の色艶が透明になり、見事な色あいになるとか。

しかし、種類によっては、もう、収穫が始まっているようで、皮を剥いたつるし柿が至る処にぶら下がっていた。

緑の竹林に包まれた柿の樹と、背後の紅葉のコントラストが目に滲みる。

042 私の生まれ故郷、子供の頃、家の庭先に大きな柿の木があった。祖母と庭先で皮を剥き干し柿にした。白い粉のふいた甘い味が懐かしい。

柿の実の彼方に南アルプス連峰が佇む。3千m級の山頂は初冠雪で、冬の到来が真近い。

季節の流れが身にしみる寂寞の原風景である。

023 突然の突風で紅葉の花吹雪となる。ひらひら舞い降りる無数の姿に何か哀愁を感じる。

人生は永いようで短い。戦後の混乱期がまだ残る頃、高校を卒業。夜間大学で頑張り、充実の会社生活も終わり、今は、もう人生の終焉に向かっているわが身と重ね合わせる紅葉吹雪である。

写真を大きくすると紅葉吹雪が見えます。

016_2 010

092

当日は昼神温泉に宿泊。なかなか立派な温泉郷である。大きなホテルもあり、名古屋方面からの温泉客で賑い、朝市もある。

翌日は中津川渓谷から、紅葉の付知峡に向かい、滝や川辺の撮影である。

060 112

杉本先生によると、感動ある写真とは、

1.リズム  良い構図

2.空気感  遠近感・流動感など

3.物語性  過去、未来を暗示させる。

写真とのことである。

今回の撮影旅行では、物語性、過去を感じさせる私の子供の頃を想い起こさせる懐かしい原風景の旅であった。

|

八ヶ岳山麓及び富士周辺の秋彩・散策

2010・11・5~6

11月3日~4日、高校卒業の同級会に出席した。思えば、終戦直後旧制工業学校に入学、学制改革で併設中学校となり、授業料を払いながら町の新制中学と同格。空きっ腹を抱え、おんぼろ服で6年間も通学して新制高校卒業とは混乱の時代であった。

しかし、58年の歳月が流れ、元気な77歳~79歳の学友たちと、今は亡き恩師や、友を偲びながら、一堂に会して楽しい一夜であった。今回、せっかくの機会であったので、翌日、足を伸ばして、山梨の錦秋を散策した。写真をクリックし大きくして見てね

014 日本百名山の一つである八ヶ岳。主峰の赤岳2899m、横岳、阿弥陀岳と並ぶ山並みと、裾野に広がる景観はまさに天下の絶景である。

山麓には燃えるような樹海が広がっていた。それは、冬に向かう一瞬の晴れ姿だ。

039 美し森から川俣東沢渓谷にかけての雄大な佇まい。この天然の美のまえには、人間社会など小さい。

雲間からの木漏れ日を浴びて、流れるように変わる光景を見ていると時間の経つのも忘れる。

036 047

野辺山駅付近はJR線として最高地点。

可愛い小海線の列車が錦秋の中をトコトコ走る。

074 080 翌日、二十曲峠から富士山を観る。

頂上はすでに冠雪。

白い烏帽子を被った富士山に感動する。

119_2 戦後の混乱時期、空きっ腹を抱えながら、墨で塗りつぶした教科書と、ガリ版の教科書で、将来を夢見た多感な青春時代が昨日のように思い出される。

恵まれない時代、我々の半数は夜間大学に通い、そして会社員として、或いは自営業者として日本経済の発展に寄与してきたと自負している。

私も入社したT電力会社で、次々と建設される火力発電所の水処理と環境対策に没頭しながらの毎日であった。

富士山を見ながら、わが人生の想い出が次々と蘇ってくる。同時に、グローバル化の時代日本の行く末が不安でならない。国の指導者は将来を見据えて、誤りないよう引っ張っていってもらいたいと願わずにはいられない

|

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »