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富士五湖からの富士を眺めながら思うこと

2010.12.22~23日

 新道峠と本栖湖に富士山を撮りに行った。何時見ても富士山は心が癒される。もうすぐ新年、今年を振り返って私の心に残るのは、2月のネパール・ヒマラヤと9月の中国・金平の棚田の旅である。私の小学生のときは戦争真っ只中、農家の我が家は夜明けから星のでるまで野良仕事、夢中で働いた郷愁がこの旅の中に蘇ってきた。そして、それは小学校の近くの小山からいつも見ていた富士山の想い出にとつながっていった。

3 新道峠はすでに冬支度、林道は閉鎖されていた。迷った挙句、1時間余り歩き峠の見晴台に立つ。

眼下に河口湖が広がり、夕日から夜の帳が下り始めてきた。素晴らしい眺めだ。

学校とは名ばかり、殆どは畑仕事と、軍事教育。そんな中にも懐かしい想い出があった。

9 藁ぞうりで走った校内マラソン。剥がれた親指の痛さに泣きべその私に、優しく励ましてくれた学校出たての女教師。

やがて、敗戦、餓死者もでる社会情勢。すさまじいインフレ。買出しのため、デッキにまでぶら下がる超満員の列車。取り締まりの一斉に会い、タケノコ生活で買いだした食糧を棄てて逃げ惑う人々。まさに混乱の時代であった。

004 本栖湖。暗闇にポッカリと黎明の富士が浮き上がってきた。

農作業を終えて、蛍が飛び交う畦道を帰りながら、、父はよく話した。混乱の時代はやがて終わり、工業の時代がやってくる。そのときは一家に一台の自動車がある。

旧制工業学校生となった私に、夢を与える励ましの言葉であったかもしれない。

058 冬至の日、太陽が最も頂上に近ずくときで、心がすがすがしくなる神秘的な夜明けである

歳月は流れ、懐かしい父母や教師もすでに亡く、私は、妻子や孫達と新しい家族のなかで、喜寿を超えた人生を送っている。

父によく言われた「人生に夢と目標を持て」とその言葉を孫達に強く残こしたい。

015s 9月金平棚田の帰り、航空機の窓から見た富士山。天空高く華麗に佇むその美しさはまさに天下の秀峰である。

この一年、家族共々健康で過ごせたことは、この上ない幸せである。

さらに、次男が社宅から持ち家を建てたことは快挙であり、心から祝福を送りたい。

今年は、普天間や尖閣諸島、さらに、グローバル化の荒波など、変革を知らせる年でもあった。来年はこの変革に対して希望の未来を感じる年になってもらいたい思わずにはいられない。

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コメント

 明けましておめでとうございます 

 初めましてというカタチになりますが、
以前より、佳士様のフォトを楽しく拝見していた者の1人です。

 私も写真を撮るのが好きで、よく旅に出ます。
昨年はカンボジアや九州(鹿児島→熊本→長崎→福岡)、
富士山の登頂などといった具合です。

 旅の先々で出会う感動の景色が私にシャッターを押させるといった感じでしょうか。
忘れたくない風景の思い出をフォトに残したいという気持ちの現れだと思います。

 佳士様のブログは旅道中の景色をフォトだけでなく、文章付きのご紹介ゆえ、
感動の情景、その時々の心情がよく伝わり、魅了されます。
まるで私も情景ゆたかな旅に出た気分になりました 

 また佳士様の今後のご活躍を楽しみにしています (*^-^)


 P.S. 写真集 『渓流の詩』・『ネパール・ヒマラヤを撮る旅』、
     ありがとうございました。
     ゆっくり、じっくり楽しませて頂きたいと思います。

 

投稿: yamashita(28歳) | 2011年1月 1日 (土) 20時42分

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