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2011年9月

初秋の富士山一回り小さな旅

1911.9.19 および9.22

大月市に実家があるため、帰郷のたびごとに富士山周辺を散策しているが、そのつど、美しい風景に感動し、季節の移ろいが心に滲みこむように湧いてくる。

017_3 忍野村から眺める里山の風景は 日本の原風景を感じさせる。

まだ、稲の刈り取りは行われず黄金色の稲穂が波打っている。

野辺に腰をおろし眺める風景は一幅の名画である。

015 今日は雲が多く、富士山もそう毎日は顔を出さない。

精進湖、本栖湖を通り田貫湖に向かう。

ダイヤモンド富士で賑う、この湖も、今は静寂そのものである。

青く澄んだ湖面を眺めていると、その昔、高峰三枝子の「山の寂しい湖に一人きたのも・・・・」と口ずさんでくる。

012

富士の伏流水が糸のように流れ落ちる白糸の滝は壮観である。

緑の樹木をぬって、苔むす岩盤を蹴りながら、白き妖精のように乱舞しながら、流れ落ち、人々の命の源となる。

069s 9月22日、松ヶ丘写真クラブの仲間達と旅行会社企画の撮影ツアーに参加した。

富士市の雁堤に彼岸花が満開であった。関東地方を襲った大型台風は、今朝方通り過ぎたが雲が厚い。

富士川の堤防は目も覚めるような赤絨毯で染められていた。

087s_2 夕刻近く、空が真っ赤に染められてきた。天も地も茜色一色。天然の一大絵画が眼前に繰り広げられた。

うたかたの一瞬、夢の世界のような、幻覚ようにもみえた。

思えば、会社生活は昨日のようでもあり、遠い昔のようでもある。自由人になって十余年。これもまた、うたかたのようでもある。

大震災で家族を失い、家を失い失意のドン底にいる人を思うと、感謝の毎日である。

孫達の将来にも渡って、日本の繁栄が続くことを願いながら、祖先のことを考える一日であった。

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富士山から昇る月を眺める

2011・9・11

明12日は中秋の名月、十五夜の日である。1日前の今日は小望月(こもちづき)である。この月が富士山頂から昇る神秘的な写真を撮るためのツアーに参加した。

036s 朝霧高原に接する麓原のキャンプ場にカメラを構えて待機する。

雲が厚く、富士は全然顔を見せない。あきらめてカメラを仕舞い始める。

突如雲が晴れ赤富士が顔を表し、居並ぶカメラマンたちの喚声があがる。

素晴らしい富士の姿である。

063s 6時少し過ぎた頃、山頂の一角に黄金の稲妻が走り。

見事な満月が山頂から昇り始める。多くの歌人に詠まれ、人々の心を癒してくれた日本の富士山の心の姿である。

雲が流れ、月が隠れたり、また現れたり、世の移り変わりを現わしているかの様だ。

121sやがて、月は中天に昇っていく。

子供の頃十五夜、縁側 に花瓶でススキを飾り、団子を供えて、家族で月見をしたのが懐かしく想い出される。

今はそんな風習も無くなり、家族は自分の生活に忙しい。

原発事故の日本はこれからどう変わっていくのであろうか。4人の孫たちが成人となる時代が、不幸な時代にならないよう心から願わずにはいられない。

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房総の棚田・大山千枚田の散策

2011・9・7

暑い夏もアッと間に過ぎようとしている。朝方の涼しさに秋の気配を感じる今日この頃である。久しぶりでカメラを持って鴨川市の大山千枚田を散策してきた。

043 今は、稲の刈り取りも終り、木のやぐらを組んで稲束を乾燥中であった。まさに棚田は故郷の原風景である。

田植えの頃、新緑に包まれた美しい棚田は夏場には青々と葉を茂らせ、秋の気配が感じる頃、黄金の稲穂が輝き渡る。

棚田は日本の四季の象徴である。

098田の畦に腰をおろし、虫の鳴き声を聞きながら、目前の里山をしばし眺める。

遥かな遠い昔、今は亡き父と汗にまみれて、稲を刈り、脱穀 した想いが幻の如く脳裏に浮んでくる。

何十年もの時を越えて故郷がそこにある。

103 東北大震災から、半年過ぎたが、復旧は今だ序の口。その上、ゲリラ風雨で大洪水。

日本の美しい山河が段々壊れていくようで心配である。地球温暖化を防止し、気象変動や、放射能汚染を何としても食い止めなければならない。

058野田内閣は目前の人気取りではなく、強いリーダーシップをもって将来の国づくりの施策をすすめて欲しい。

税負担による国民の痛みも、将来のためには必要である。皆で負担して孫・子の代まで、この美しい日本を引き継ぐべきであろう。

071農家の仕事は大変厳しい。耕作者は段々老齢化し、ここ、大山千枚田でもオーナー性が導入されているそうである。

農業は国の基本であり、食料の海外依存を減らすためにも、農家の育成は大事である。

しかし、TPPなど世界の流れに逆らうことは国益にならない。西欧諸国等で行っている

農家の個別保障は是非とも必要であろう。スイスやフランス等を旅して畑で働く人々の屈託のない顔が目に残る。

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