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2012年4月

一瞬の春満開から新緑の季節へ

2012.4.30

4月も終わり明日から5月、まさに光陰矢の如しである。今年は例年になく遅い春であったためか、春爛漫のカメラの旅をする暇も無く、残念であった。

108 4月12日小湊鉄道の大久保駅付近。満開の桜と菜の花の中をゴトゴトはしるローカル線は心を癒す風情がある。

我が家は、大学4年と、高校3年生になった孫2人の将来進路に向けての話題で一杯である

011 晴れ間を見て散歩した青葉の森公園の八重桜が青空に美しい。

別に住んでいる孫も国立高専に入学し、新しい人生のスタートをきった。

孫たちの時代に展望が開ける日本の将来であって欲しいと願わずにはいられない。

027 花見で賑わった桜の公園は、今、緑の新緑が目に滲みる。

しかし、病気療養中の家内が、4月28日高熱を発し、急遽、入院。現在静養中である。
幸いにして、我が家は二世帯住宅で、同居の嫁の看護が本当にありがたい。

054 青空一杯に広がる緑を眺めていると、心配も悩みも消え去り、明日のことなど分からないと達観してくる。

今、政治の世界では原発の再稼動で議論が沸騰している。
私は地震や津波の心配が無く、最大限安全と判定された発電所は再稼動すべきと考える。

072_3 再稼動絶対反対者は、電力不足が日本の工業生産に打撃を与えるリスクを説明していない。
今までの電力会社の技術力と努力が安定したサイクルと停電の無い良質の電力を供給し、日本の工業生産の原動力であったことを認識していないのではと思う。

電気は産業の米と言われる。米を無くして景気浮揚せよと矛盾したことを平気で言う政治家は、まさに、人気取りの大衆迎合家でしかない。

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遅咲きの春.心に嵐吹く

2012.4.9日

ながらく、ブログの投稿から遠ざかっているうちに、はや4月、まさに光陰矢の如しである。この間、突如、家内の発病により、今までの平穏な暮らしが変ることになった。

201248_006 今年は異常である。例年より1週間以上も遅れて、ようやく、千葉市青葉の森公園の桜が満開となった(4/8)。

75歳の家内が腸の異常を感じ、1月26日、千葉市立青葉病院で内視鏡検査を受け、2月1日、大腸がんを告げられた。まさに、青天の霹靂である」。

066 3月14日、天神平より谷川連峰を撮った写真である。当日は天候にも恵まれ、写真仲間達と久し振りに心を楽しませた。

2月2日直ちに入院、2月16日開腹手術。リンパ球から肝臓にも転移が認められ、ステージ4と告げられた。

03350年間連れ添い、苦楽を共にしてきたことを思えば、不憫でならない。
私は田舎の農家の出、妻は東京のサラリーマンの家庭に育ち、ときには、考えの行き違いもあったが、2人の子供を育て、今まで、平穏な家庭を築いてきてくれた。もっと早く、気付いてやればと後悔の念が湧いてくる。

111_3 手術後11日目、退院の予定が吻部狭窄の恐れが出たため、さらに、10日間ばかり延長、検査から40日間の入院となった。

この間、点滴と、栄養剤の飲料だけで、通常の食事は退院間際を除いて殆どなし。

家内は意志強固でしっかりしている。見舞いの客にも笑顔で応対している

120 深雪の表面には、至る処、動物の足跡が付いている。獲物を探してか、追われた足跡か、厳しい環境の中での生存競争であろう。

3月26日青葉病院で最終の診察を受け、外科手術が完了した。
その後は再発防止と、転移した肝臓がんの治療を自宅近くの千葉がんセンターで受けることとした。

129_2 藤原湖は前面結氷し青い湖面の紋様が美しく映える。静かな冬の佇まいである。

現在、千葉がんセンターで、アバスチンの点滴と制癌剤の化学療法を通院で受け、自宅療養している。
今の所、副作用も無く比較的元気である。

012 1月30日、日光華厳の滝である。青白く光るつららを縫って轟音と共に落下する水しぶきは壮大である。

人間何時か必ず人生の終焉を迎える。しかし、生きている間は有意義に過ごしたい。

家内は、今までと変わらず好きな読書を続け、講習会、友人の会合などにも顔を出す。

101 中禅寺湖の上流湯滝の激流。この激流も末は母なる大海に包まれる。人の一生も同じである。

しかし、同居の嫁と、高校2年の孫娘の援助と励ましが心の支えにもなっている。特に孫娘は今でも家内と一緒の寝室で、まさに、おばあちゃん子。家内にとっても可愛くて仕方がないようだ。
現在は、2人~3人が、がんにかかる時代。もはや、不治の病ではない。治療も急速に進歩している。希望を持ちながらも天命に従うのみである。

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