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2015年9月

棚田は彼岸花で赤く染まる

2015.9.22

千葉県鴨川市の大山千米田は今彼岸花に彩られ、大勢の観光客で賑っている。久し振りの快晴に誘われ、カメラ片手に散策のドライブに行ってきた。

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面積約4ヘクタールの斜面に、370枚ほどの階段式の棚田があり。美しい里山風景は千葉県指定の名勝地ともなっている。

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今年は、雨が多かったせいか見事な咲き具合である。

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棚田は遠い祖先から、血と汗で守ってきた結晶である。貧しき時代の想いが偲ばれる懐かしい風景でもある。

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日本には何個所か棚田が残されている。

戦中戦後、牛馬と手作業での米造りは想像を絶する重労働であった。

月明りに照らされて田圃を耕している遠い昔の父の姿が思い出された。

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ベンチの涼風が心地よい、隣の老夫婦が話しかけてきた。

都内から観光バスで来たとのこと。一眼レフカメラが不慣れで操作がよくわからないことのこと。

仲睦まじく語り合うご夫婦を眺めていると亡き妻が心に浮かんでくる。

近くの久留里街道を通りかかると、真っ赤に染まる広大な彼岸花畑を見つけた。

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彼岸花は別名曼珠沙華。「赤い花なら曼珠沙華、オランダ屋敷に雨が降る」。

妖艶な姿は、エキゾチックな神秘性を感じる。

一方彼岸花は亡き人の思い出を募らせる。もの悲しい花でもある。

秋が足速やにやってくる。もうすぐ、紅葉真っ盛りの季節である。この歳になると時の流れが、ばかに速い。元気でカメラの旅を続けたい。

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厳島神社に詣でる

久し振りのブログである。家内の病と旅立ちは私の人生にとって、痛恨の極みであり、苦楽を共にした57年間が走馬灯のように頭に浮かぶ。5歳下の亡妻が、80余歳の私より先に逝くとは。はかなくも無常である。

9月17日安芸の宮島・厳島神社に詣でた。                  

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厳島神社の創建は593年推古天皇の時代と言われる。

 

大鳥居の高さは16,6m主柱はクスノキで巨大な石が下部の箱に詰め込まれ、その重みで建つというから不思議である。

平清盛が平家一門の繁栄を願って現代の規模に広げ、氏神として隆盛を誇った。

世界遺産、日本三景、歴史を感じる壮大な寺院である。

028家内は3年前、大腸がんの手術を行い、5年生存率13%といわれ、抗がん剤の治療を続けていた。

しかし、昨年10月すべての治療を打ち切り、残りの人生に思いをかけた。

生前、読書会のサークルに入り、本に親しんできたが、遺品のなかに死生観に関する書籍が残されていた。

愚痴をこぼすこともなく、悲観することもなく、泰然自若とした姿が今も脳裏に残る。

生きるものは全て死を迎える。どんなに、人智を尽くしても死は免れない。心安らかな大往生こそが人生最後の幸せである。肉体は死に向かって自然に衰えていく。抗がん剤など死に逆らうものは、苦痛の何物でもない.。

021_2祇園精舎の鐘のこえ、諸行無常のひびきあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす、おごれるもの久しからず、ただ春の夜の夢の如し。

生前家内が愛した平家物語である。福原に都を造り、宋との貿易を夢とした清盛の奔放な生涯と平家一門の哀愁が心をゆさぶる。

大鳥居を眺めながら目を閉じれば、千有余年前の鐘の音と読経の響きが伝わってくるようである。

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元気いっぱい中学生の一団が、ガイドさんの説明を聞きながら、通り過ぎていった。図らずも、集団的自衛権の行使を可能にする安保の新法律が成立しようとしている。

この子らが私の歳になる頃、世の中はどんなに変わっているのであろうか?

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家内には大勢の友がいて、心おきなく別れも告げた。

4人の孫にも囲まれ、特に同居の孫娘を愛し、私とのすれ違いもあったが、一応幸せな一生であったのではと思う。

私も、80余歳、今日出来たことが、明日には出来ないことにもなろう。

出来るうちに、旅を楽しみ、人生を楽しみ、病になっても、治療などせず、お迎えが来たときは、喜んで従うつもりである。

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宮島・厳島神社はH8年12月世界遺産に登録された。平安時代の神殿造りと山と海を背景とした朱色の神殿群・特に大鳥居は美しい。その美観と歴史の面影に想いを馳せての旅であった。

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