日記・コラム・つぶやき

時の流れ・春の兆し、「EU消滅」の読後感

まだ、風は寒く2日ばかり前は雪もチラついた。しかし朝の散歩で眺める青葉の森は梅が咲き早春の兆しである。時の流れは足早やで、はかなく無常を感じる。

097
1月下旬蝋梅が咲き始めた。中国原産で蝋のような艶やかさが宝石を連想させる。

浜矩子氏の「EU消滅」によると、

 国民一人当たりGDPは、最高のルクセンブルグと最下位のブルガリアでは6倍もの開きがある。

単一通貨を維持するには全ての地域の経済状態が同一レベルか、または中央集権による所得の再配分が行われるかどちらかの場合のみ可能である。

045
2月上旬紅梅が開花し始めた。青空に流れる雲が春の訪れを告げるようだ。

EU28ヶ国の中でもドイツがEU経済の20%をも占める一強である。

 したがって、ドイツが中央所得再配分を続けられるか?。

 難民問題、ギリシャの財政、英国の自尊心、など考慮するとEUはいずれ解体の運命であろうと。

102
今日は土曜日、青空の広がる梅林に家族ずれや、お年寄り達で賑やかだ。

EUは日本の反対側、遠い国の話と思うが、現在はグローバルの時代、人ごとではない。

日銀の、為替操作で辛うじて、経済をやりくりしているとしか思えない日本。
もし、EUがずっこければ、日本経済は、大打撃となるのではと思う。

Img_8107
カワズ桜が満開である。もうすぐ3月、冬の厚着では汗をかく。薄着でランニングしている人もいる。

ユーロ圏を生かすも殺すもドイツ次第。

なかなか、面白く、理路整然、説得力のある文面である。

088
EUの中心は独・仏を含む6か国、この核を中心に28ヶ国が同心円を描き、外側に行く国ほど吸引力は弱い。

通貨政策に自立性のないギリシャは、融資継続の条件となる財政緊縮で、非常な苦痛を味わってる。耐えられるかどうか。

もし、ギリシャが脱退すれば同心円の外側の国からボロボロと抜け落ちていく。

しかし、私は思う。EUを脱退しても展望が開ける目算がない限り、何とか同心円は保たれるのではないかと。

自分の住む国を捨て難民となる人々の心中を思い、その苦難を考えるとき、日本に住むことの有難さをつくづく思う。

| | コメント (1)

新春の夢・うたかたの夢

2015年元旦

明けましておめでとうございます。今年も良い年でありますように。

今年は私の7回目の羊年、思えば長生きしたものだ。「戦中の子供時代」「戦後飢餓の青年時代」「経済繁栄を求めた壮年時代」人生80余年夢幻の如しの心境である。

家内はがん3年目、徐々に病魔が進んでいるようだ。また、今年は孫が初めて社会人になる年。我が家はどのように変わっていくのであろうか。それ以上にこの日本はどうなっていくのか。かっては、節約と貯蓄に励み、マイホームを求め、土地を持つことが目標であった。しかし、現代では消費は美徳、何とかして貯蓄を吐き出させようと政府はやっきになっている。

004_2

12月22日撮影

夜明け前の本栖湖。

総選挙で、国民はアベノミクスに大賛成。

政府は年2%のインフレで2年間にお札を2倍出廻させるとのこと。

お札を沢山刷れば経済が活性化するのであろうか。

貨幣の価値が下がり、貯蓄が目減りすることが経済の活性化になるとは思えない。今は円安で一時的に大企業の一部が儲かり、その余波が広がっているが、長続きするとは思えない。

011
日の出直前妖雲が浮かぶ。

長い目で見ると、人口が減少し、お年寄りが増えることは、消費が減少し、経済が縮小するのが、自然の流れではないか。

この大きな流れを前提にした政策こそ大事ではないかと思う。

034h


美しい日の出。希望の光である。

日本経済の中核を担うのは、中小企業。

その、支援にこそ力を入れるべきであって、公共事業のばらまきではない。

地方の活性化は、国の基本であり、安倍総理の言われるとうりである。

しかし、地方に産業を育てることは、高速道路を整備することではなく、町村道を整備し農業振興をはかり、地域独特の農産品を作り出すことではないだろうか。

配偶者控除をなくするなどもっての外。むしろ、増やして家庭を大事にし、子育てを容易にする政策こそ必要ではないか。

戦後70年、世の中の移り変わりは急激である。子や孫の時代まで輝ける日本であって欲しい。財政破たん等決して起こさないよう、質素倹約に努め、財政再建を図ることこそ大事ではないかと思う。

私の新年の夢である。

| | コメント (0)

早春の散歩道で思うこと

2014・2・26

千葉市・青葉の森の残雪も、10日余り過ぎてようやく消え、今梅林が満開である。ここ数日の恵まれた天候に大勢の人たちが散策に訪れていた。

Img_1502w 今まで、健康には自信を持ち、入院の経験などなかったが、昨夏より時々めまいに悩み、不整脈と判明、82歳で初めて。ペースメーカー植え込みの手術を行った。

手術は2時間余、局部麻酔のためそれ程痛くは無いが、終わるのが待ちどうしく、結構大変であった。

それにもまして、術後、4日間は寝返りもできなく、背中と腰の痛みで、病気で寝込むことの大変さが身にしみた。

043w

3cmぐらいの楕円状のペースメーカーには私自身の心電図も記憶され、外部のPCからチャートに記録され点検できるととのこと、まさに、医学の進歩には吃驚である。

現在、退院2週間、日常の生活に戻り毎日1万歩近いウォーキングも行い、体力の回復に努めている。

入院中、千葉市は33cm、私の郷里大月市は1m15cmの降雪があり、中央道は連日マヒ状態、孤立部落が続出。これも地球温暖化の影響か?

058w_2今年は、特に寒さが強かった。蝋梅も震えているようだ。
大地震の襲来が真近に迫りつつあるとのこと、首都直下型では2万人もの死者が出るとの予測。
そのうえ、若者達が結婚も子供も生めない様な、低賃金契約雇用の拡大。こんな不透明な時代が来るとは思わなかった。

人口減少も、目前にやってきた。我が家の近くを見回しても、老人世帯がやたらに増え、空き家、空き地が至る処目につきはじめている。

049w
戦中、戦後の少年時代、白米のことを銀シャリといい盆と正月のみ、芋やかぼちゃの入った麦飯さえ、腹いっぱい食べることができなかった。
経済的成長と繁栄が幸福な社会をつくると思ってきた。

しかし、繁栄の結果が、未来を不透明にし、希望の無い社会にしてしまったのか?

後ろ向きに考えるのは、老境に入った結果かもしれない。もっと、前を向いて歩こう。世の中はなるようにしかならない。

028w 人口減少も、考え方によっては、広い土地に住むことが出来るし、道路の混雑も無くなり、エネルギーの使用量も減少、原発も不必要になるかもしれない。悪いことばかりではないかも?

1万本の梅林には、連日大勢の人々が訪れて楽しげに写真を撮っている。殆どが老境のご夫婦か、熟年のおばさんたちで、元気に笑い声を振りまいている。
はてさて、20年後50年後の日本はどうなっていることやら、あれやこれや、想像をめぐらしながらの散歩であった。

| | コメント (2)

雪の散歩道で思うこと

2012・1・24

乾燥が続き世上記録第3位にもなろうとした時、3日ばかり雨模様の天気で昨夜からは関東一帯大雪となり、千葉の我が家でも朝起きると一面の銀世界となっていた。早速近くの青葉の森公園に出かけ雪景色にカメラを向けた。

046_2 今年になって初めてのブログである。昨年は大変な年であったが、この年を境として日本も大きな転換期に来ていると感じる。

苦しいから、国に何とかしてくれと叫ぶが、国とは何か。それは国民一人々の管理部門でしかない。国自身は稼ぐことは無い。

065 苦しい人、困っている人を助けるのは国民一人々である。管理部門が国民からお金を徴収して助けるしかないのである。

一部政治家や国民に、痛みを忌避する論理がまかり通るとは一体どうしたことか。無駄の排除や合理化は必要であるが、それだけで無理なことは自明である。

079_2 蝋梅が雪の重みで、苦しんでいるように見える。日本が財政の重荷で苦むのに似ている。

戦後の苦難を思えば、耐えられない負担ではない。弱者を救済しながら、財政を立て直す道筋をつけなければ、本当に日本沈没だ。

政府だけでなく自公民の責務も重大である。

133_edited1 千葉市中央区にもこんな田園地帯が広がっている。かっては、一面田圃で黄金の稔が見事であった。

しかし、年とともに休耕田が増え、今では草茫々の荒地が目立つ。

これからの国造りは、工業だけでなく農業などにも力を入れ多角化を図るべきである。

農家出身の私は労働の大変さもわかっているが、大地に生きるやすらぎがある。

年間3万人も自殺者が出るような希望の無い社会は異常である。

家族共々、今年も健康で趣味の写真を友としながら、感動の余生を送りたいと願っている。

|

春爛漫に原発の放射能を思う

2011.4.10~11

今年は、例年になく寒さが続き、ようやく我が家近くの公園の桜が満開になった。日曜日、フリーマーケットなども開かれ、大勢の花見客で大賑わいである。しかし、東北大震災から丁度1ヶ月、亡くなられた方と行方の知れない方で2万8千人、未だに避難生活をされている方が17万人、心痛むばかりである。特に福島原発の放射能漏れは痛恨の極みであり、想定外とは云えない。

私も、安全神話を信じた一人であるが何故こんな神話がデッチ上げられたのか、国民一人ひとりが、猛省し、今後の新しい国つくりの礎にすべきと考える。

Conv2961 千葉市緑区昭和の森公園では、桜が満開、今日は月曜日のためか比較的人影も少ないが、訪れた人々は楽しげに花見をしていた。

原子力政策は国の根幹をなす基本中の基本である。これを、民間会社に任せっ放しにしたにが第一の誤り。

東京電力は、営利を第一と考え、コストダウンによる効率的な経営を目指し、お金のかかる安全対策を万全なものとしなかった。これが、第二の誤り。

Conv2962 監督・指導すべき原子力保安院・安全委員会は、心ある専門家の意見に耳を貸さず、その責務を発揮し得なかった。これが第三の誤り。

しかし、国の将来を考えるならば、原子力なくしてエネルギー政策は成り立たない。何としてもこの事故を乗り越えて安全な原発を確立して欲しい。

千葉市青葉の森公園でも桜は満開。こちらは、日曜日     Conv2964 とあって、大勢の人で賑っていた桜の下、太極拳や、運動、トレーニングなど、震災を忘れさせるような楽しげな雰囲気であった。

燃料棒が完全冷却するまで数年、廃炉が完了し、後始末が終わるまで20~30年とは気の遠くなるような話である。孫達の時代の繁栄のためにも、道を誤らないようにしなければならない。

Conv2960それにしても、震災復興には膨大な資金が必要である。現状の経済活動低下を恐れるならば国債にたよるか、先々、国の財政破綻を恐れるならば増税。どちらをとるかは国民の選択である。

しかし、政府与党も野党にも増税の声はなく、今後とも赤字国債に頼りそうな気がする。

まさに、国の財政はいばらの道を歩むものと考えられる。

Conv2965

日本人が1年間に浴びる自然被爆量は1,4ミリシーベルト。一般人の人工被爆限度は年間1,0。原発作業員の年間被爆限度は50ミリシーベルトとのこと。

これに対して、3月23日~4月8日までの累積線量は30kmを超える浪江町で13.4また飯館村で7,8ミリシーベルトと発表された。

Conv2963政府は、住民の健康被害を何としても守らなければ」ならない。累積線量を詳細に発表し、年齢も加味し、避難勧告を適切に行う必要がある。

電力不足も深刻で経済の見通しを暗いものにしている。現在3基停止中の新潟・柏崎原子力発電所は、総力をあげて万全の体制とし、再稼動出来ないのか。マスコミの話題にも上らないないのが不思議である。

この災害を契機として、さらに安心・安全な街つくりと、活力を取り戻した国家像が再現されることを願ってやまない。犠牲者の方に心からお見舞いを申しあげる次第です。

| | コメント (0)

日本は、もっと農業の振興をはかるべき。房州の花撮影

3月19日、22日

 先日のヒマラヤ写真の整理などで、忙しくしていたが、急に暖かくなった春を感じ、19日、一人暮らしの叔母と、房総半島の先端、白浜へドライブに行って来た。ポピイやストックなど色とりどりのお花畑が綺麗で、子供連れの観光客などで賑い、すっかり春である。菜の花の黄色が目に滲みるようであった。叔母も久し振りの外出で、鉢植えの花など買い込みながら大喜びであった。

 22日、写真仲間からの知らせで、家から4kmばかり先にある泉自然公園のカタクリの花と、近くのお寺に咲く、しだれ桜を撮りに行ってきた。可憐に咲いているカタクリも何年かの養生を経てようやく満開の花となるとのことである。何とも、いじらしく可愛らしい花である。

 さて、日本の政治はと考えるに、相変わらず鳩山総理の八方美人的な言葉しか聞こえてこない。日本の財政は最悪、超高齢化の波は足元まで、それにも増して新卒者の就職難は、社会の不安感そのものである。一体、国の指導者はどうしようとするつもりなのか。総理は耳ざわりの良い言葉だけでなく、苦い言葉も含めて、将来に向けた政治理念を語るべきではないか。

 ネパールは人口の60%が農業人口、全山が段々畑で耕されている。道も電気もインフラ整備が悪く、洗濯機さえ普及していないようである。しかし、行き会った人々は、皆、笑顔で、時間はあって無きが如し、至るところで日向ぼっこを楽しんでいる。一方日本では自殺者が年間3万人もいると言う。社会のあり方を考えてしまう。

 日本では、農業人口の高齢化で、田畑は荒れ、耕作放棄地も相当になるという。そこで、農業を振興しこの分野への就業を増やすことを考えるべきではないか。そのためには、農地の貸借を容易にし、法人化組織で近代農業ができるようにする必要があろう。日本は、今後、かってのような一人勝の工業国にはならない。新しい分野に就業人口をシフトする必要があると思う。

 しかし、何をするにしても、今の財政状況を改善しなければならない。鳩山総理は勇気をもって、税制改革をを進める必要があろう。

写真をクリックすれば大きくなります

Conv5800sConv5801s Conv5802s  Conv5803s Conv5804s Conv5805s Conv5806s Conv5807s

| | コメント (0)

2010年を迎えるに当たって日本の将来と抱負を考える

2010年元旦

今年はまさにチェンジの幕開け、新しいグローバル化の世界にどのように対応していくのか。鳩山政権の舵取りが日本の将来を左右する。元日のNHKテレビ国家戦略室はまさに時宜を得た大討論会であった。それによると、40年間続いた世界第2位のGDPは今年中にも中国に追い抜かれ、2050年には世界10位まで下がるそうである。このような中で、国民はどのようにして生活を維持していくのか。

従来型の経済産業機構はもう通用しない。そのためには、若者達がハグリーの気構えを持ち、新しいベンチャー企業を興すなど、新しい技術で生きていかなければならない。政府はその様な環境を整える施策を強力に推進しなければならないと思う。

日本には資源がない。戦後、生産性を上げるために官民一体となり、物つくりで外貨を稼いできた。しかし、今後、、低賃金のアジア諸国とは到底競争できない。外貨が無ければ他国から物が買えない。どうしたらよいか、そのためにも、他国に売り込める高い技術力が必要ではないか。息子や孫達の将来を考えながら、新しい年を迎えた。

さて、自分のことに目を移すと、はや、78歳。母が47歳、父が62歳で亡くなったことを思うと、殆ど病気もせず家族共々健康で、現在の長寿を謳歌してることに心から感謝する新年であった。

65歳で会社生活を終わり、以後写真を趣味として旅を楽しんでいるが、年はとっても心に感動を失わず、今年1年、常に感謝の気持ちを持ち、感動を求め、できれば、さらに旅を続け、自分なりに楽しめる写真を撮り、写友との交流を深め共に語りあえる年にしたいと願っている。

1月3日九十九里浜にご来光を拝しに行った。まだ、薄明のなか高校生らしき一団が掛け声をかけながらトレ-ニングをしていた。潮騒と荒波の大海原が眼前に広がり、空は茜色に輝いている。やがて、地平線の彼方から新年3日目にはなるが2010年を照らす太陽が顔を出してきた。新しい日本が益々輝くようにと心から願った。写真をクリックすると大きくなります。

5401 5403_2 5400 6

| | コメント (0)

老人ホームの叔母を慰問・夕日の写真

2009年12月28日

今年もあと僅か、今日は佐倉の老人ホームで一人暮らしをしている家内の叔母に当たる方を訪ねた。叔母は大正10年生まれの88歳、3年前には家内と3人でアラスカにオーロラ観賞の旅行に行ってくる程の元気者であったが、今春、急病で入院してから、めっきり気が弱くなった。

この老人ホームは、お医者さんも常駐し完全看護の恵まれた施設であるが、ご主人を亡くし、子供も居ない孤独暮らしのためか、訪ねて行く度に心から喜ばれる。最近は記憶も薄れがちの様であるが、それでも、過ぎ去った自分の人生を吶々と話すのが楽しみのようである。

叔母は、一ヶ月足らずの新婚生活でご主人が兵役となり戦死、その後は独立精神強く、幼稚園の先生を続けながら、お茶、お花のお師匠さん、それに、昭和20年代、まだ、車が珍しい時代マイカーを持ち、東京・熱海など職業を渡り歩きしながら女一人、気丈夫な生活を続けた。

50歳も過ぎた晩年、ホテルを経営する重役さんと再婚し、米国、スペインなどにも長く住むなど、私などと比較すると、波乱万丈の人生を送った人である。

この叔母を見ていると、短いようでも人の一生は長くロマンに満ちている。戦中、戦後の社会背景のなか、如何に逞しく生きてきたか。今のひ弱な若者の手本になるような人生である。今ひっそりと暮らす叔母を見ていると、「人生僅か50年下天のうちにくらぶれば、夢幻の如し」と詠んだ信長の句を思い出す。

時代変革・幕日の年は暮れていく。沈みゆく夕日を見ていると、来るべき年が希望の年になることを祈らずにはいられない。

Conv5300s Conv5301s Conv5303s Conv5302s

                                                                  

     

   

| | コメント (0)

日米開戦の日に平和を思う。大山千枚田写真

2009・12・8

今日は日米開戦の日、私が10歳の時である。あの日大本営発表のラジオの声が今でも耳に残る。それから、4年後何百万人もの犠牲者と日本国土が焼け野原になり、無条件降伏となった。

思えばどうして、あのようなバカな戦争をしでかしたのか?国の指導者の判断が国民をどん底の不幸に落しめる。今も昔も変わりない。単一細胞の絶叫型指導者に民衆が煽られることが最も危ないのではと思う。

鳩山政権に望むことは、広く大勢の意見に耳を傾け、慎重に熟慮を重ね、国の将来に禍根を残さないような政策を行って貰いたい。急がば廻れ、ユックリズムのほうが間違いが少ないのではと思う。

敗戦から60有余年、今の日本にいろいろ問題があるにしろ、あの当時のことを思えば平和で幸せな国である。段々畑や棚田の稔りに心が癒され、ここに平和の原点があるようにみえる。

鴨川の大山千枚田を訪ねると収穫の終わった田圃には藁ボッチが積まれ、はや、水仙や一部には菜の花が咲き乱れ、昔懐かしい郷里の姿が頭に浮かんでくる。

画像をクリックすると大きくなります。

Conv5200s Conv5201s Conv5202s_2 Conv5203s Conv5204s

| | コメント (0)

友を訪ねて鎌倉散策

2009・12・5  12・2

12・5日、今日は元職場で特に親しくして頂いた先輩で、ゴルフ仲間でもあったM氏宅を同じ仲間のK氏と訪ね、昔話に花をさかせ、其の後,小雨の中を扇ガ谷の古刹・海蔵寺・寿福寺などを散策した。

M氏は、数年前奥様をお亡くしになり、今はお一人で鎌倉の地に住まわれているが、ゴルフの腕前はシングル級、つい最近自分の年令以下で廻るエイジーシュートを達成されたとか。80歳も半ば近いが元気一杯、頂いた昼食の料理も見事、常に前向きな考え方と姿勢には、頭の下がるばかりである。

しかし、奥様を亡くされた直後は、空虚感と一人生活の大変さで、精神的にも参り、発病・死生をさ迷ったとか、漸くこれを乗り越え、今があるとのこと。この話に、わが身を考え妻の有難さが思い知らされた。言葉では言えないが、心の中で感謝々の連続である。

北条政子と実朝の眠る寿福寺金剛禅寺には、岩壁の祠に、数多くの石仏が安置され、その、一体々に長い年月を越えて、人々の苦しみと願いを癒してきた不思議な面影が宿っているように見えた。

12・2日、写真仲間と錦秋の円覚寺・などを訪ねたが、特に女人救済の駆け込み寺であった東慶寺には、歴史の面影が一杯。解説の小冊子を見ながら,紅葉の山門・石仏の佇まいなど,いにしえに想いを馳せる感動の散策を行った。

古都は、日本人の心の故里である。祖先が築いた歴史の積み上げが、今日、ここにある。多少の不満はあっても、昔から比べれば現代の日本は平和である。今日一日不足の念を抱かず、感謝の気持ちを持ち続けること、改めてかみしめた。

写真をクリックすると大きくなりますConv5100s

Conv5101s Conv5102s Conv5103s Conv5105s Conv5106s Conv5107s Conv5108s_2

| | コメント (0)