趣味

写真展の出展で思うこと

2009.11.9~14。東京銀座写真K社ギャラリーで写真展示

今回、私が入っている「コダックフォトクラブ・コスモス支部」の写真展が開催され、所属18名が2点ずつ計16点を出展した。

この会は、全員が銀塩写真の愛好家で、半数以上の人が中判以上の大型カメラを使用し、また、有名写真家のクラブに所属している。また、会の先生は永年キャノン・クラブ等で指導や審査に当たっていた方で、私は、写真の持つ感動と啓蒙を求めて入会を続けている。

テーマは「季節のアルバム」で、日本の四季の美しさを表現した写真は、いずれも見ごたえがあり、素晴らしものばかりであったが、それにも増して、皆さんが日本中を駆け巡り、特に、山中などで夜・昼問わず多少の危険など、ものともしないで撮った行動力には頭が下がるのみである。

私が当番の日は小雨の日にもかかわらず、朝から多数の方が見えられ、いろいろなご感想やご意見を述べられ、改めて写真を趣味とする方の多いのに驚いた。

考えてみるに現在は、デジタルカメラ全盛と考えるが、銀塩写真の格調高い色調には、とても及ばないのではと思う。この古典的ともいえる銀塩写真を手本とし、心に留めながらながらデジタルカメラを使いこなせば、趣味としての写真の楽しさをさらに深く追うことが出来るのではと思う。私は何時も35mmではあるが、この2種類のカメラを持ち歩いている。

私達日本人は、昔より自然との共生を大事にし、豊かな詩情と情感、それに美意識を感じてきた。感動を感じたら撮る。撮ればまた感動を感じる。そして、感性を高めることが、心を楽しく、豊かにする源になるのではと思う。

下記に私が出展した写真2点を掲示します。写真をクリックすれば大きくなります。

Conv000002029s_2 (福島県奥合津) Conv3140s_2 (京都府丹後袖志)

  せせらぎの調べ                棚田落日

  

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浅草界隈散策で、どぜう料理に舌ずつみ

2009・11・12 浅草界隈散策

会社を卒業してから幾許か、無為無策で残りの人生を送っては勿体無い。かって、同じ職場で働いた者10名ばかりの有志で夫々の趣味を披露し合う「道楽会」を結成、年2回程度親睦をはかっている。

今日は、江戸時代の風俗や、地理を研究・探索しているN氏の話を聞きなら、浅草界隈を散策し、過ぎ去った歴史の流れに想いを馳せた。

10時半、浅草寺雷門の前に集合し、境内の散策から始まった。雷門の右に風神、左に雷神はいつもよく見るが、N氏の指摘で門の裏側に金龍(女神)と天龍(男神)の像があるのには、今迄全然気が付かなかった。また、宝蔵門の手前西側にある伝法院は、浅草寺の宿坊で修行道場でもあったそうで、現在、非公開で3700坪余り、回遊式庭園があるとのこと。「仲見世」は現在両側合わせて90店余りとか、N氏が見せてくれた江戸時代の絵図には掘っ立て小屋によしずが立て掛けてある風情が、すがすがしく描かれていた。

本堂の東側に浅草神社があり、説明板によると推古天皇の時代、浜成と竹成が隅田川で浅草寺本尊の観音様を網で拾い上げ、その主人真中知が像を奉安したといわれ、この3人を祀った神社で、「三社様」と呼ばれたそうである。こちら側に参拝者はあまり来ないようである。

墨田川に沿って公園を散策した。桜の葉がやや赤茶けて染まりだしていたが、春は素晴らしい桜の公園になるとのこと。墨田川の言問橋では、東京大空襲の夜、炎を逃れて橋の両側から人々が押し寄せ、焼かれながら川に飛び込み、屍累々の川となったという。悲痛が胸を打つ無常の橋である。

山谷堀に架かる「今戸橋」は堀が埋められ、今は親柱のみである。ここは、広重にも描かれた風景明媚な所であり、また、焼き物が盛んで「今戸焼き」が有名な所でもある。N氏の絵図にはこの先に「吉原」の遊郭があり、付近は田圃で裏山には樹木が茂っている。当時の人々の暮らしに想いを馳せるとき、時の流れを感じる今の眺めである。

今戸橋越に待乳山聖天がある。江戸時代には境内2千7百余坪、墨田川の眺望が良く、詩や歌にも読まれて江戸名所の一つとして知られ、参拝客で賑わったとある。境内各所には大根と巾着が印されている。夫婦仲良く一家の和合と商売繁盛を表し、聖天さまのご利益を表わしているそうである。皆で参拝し家族の幸せを祈った。

散策を終わり、どぜう店でどぜう鍋に舌ずずみをうちながら、近況報告で今日の会を終了した。会の皆さんの活き々としたお話と活躍ぶりに、自らを励ますことが出来た楽しい一日でした。案内して頂いたN氏に心から感謝する次第です。

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彼岸花咲く九州の棚田撮影旅行

9月18~19日福岡県・星野村と、うきは市の棚田の、写真ツアーに参加した。

当地は関東地区に比べて雨が少なく、彼岸花の咲き具合は5分~7分咲きと今いちであったが、しかし、傾斜地を石垣で積み上げ、ひな壇式に作られた棚田には、遠い祖先の汗と智の根性の跡がみられ、また、耕す人々の心意気が伝わってくる様な気がした。

輝かしい経済発展が未来永久に続くはずがない。大地の恵みを受けながらの農耕社会の発展こそが、心豊かな社会の礎ではないかとの思いが頭をかすめる。

黄金にゆれる畦道に、真っ赤に咲く彼岸花の造形美が棚田の魅力であり、時間を惜しんでシャッターを押した。宿泊のホテルに着いたのは19時である。

翌日は4時起床、阿蘇の草千里から、雲海の日の出撮影である。風が冷たく、気温12℃、雲が流れ朝焼けの空は燃えるようであった。

朝食後は、阿蘇波野地区のソバ畑の撮影である。遠くねこ岳、高岳を遠望するソバの花にゆれる畑は雄大の一語に尽きる。昼食後は大分県竹田市の古墳に咲く彼岸花を撮影した。満開の彼岸花に飾られた古墳にはどんな人生を送った古代人が眠っているのか。

熊本空港を19時出発。忙しい撮影旅行であったが、地元の写真家先生の案内で楽しい旅行であった。

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信州高原の花・散歩

8月25日、霧が峰高原~美ヶ原高原に一人旅で、花の写真撮りのハイキングに行ってきた。

ほぼ晴天のなか、2000mの高原では涼風が爽やかで、7月22日ニッコウキスゲ満開の車山高原の賑わいと比べて、人影も少なく快適なハイキングであった。

青空にそそる様に立つシシウドの勇姿、可憐に咲くタチフロウ、紅色の艶を誇示するアカバナシモツケソウなど、花に惹かれて八島湿原を一周してしまった。

美ヶ原高原ではマツムシソウが盛りであった。薄紫の姿が何か高貴のようにみえ、貴族の花のような気がする。牛伏山から松本平と北アルプスの展望が素場らしく、気分爽快であった。

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写真大好き散歩道

 8月10~11日クラブツーリズム主催の乗鞍高原撮影会に行ってきた。天気予報は台風の接近などもあり大荒れの予報。しかし、この気象でこそ傑作が撮れるのではとの僅かな希望をも持ちながらの出発であった。

 宿泊の畳平銀嶺荘を3時半出発。撮影現場まで約30分到着すると眼下に高山市街の灯りがマタタキ、山並の雲海の天空には星空が煌いていた。素晴らしい天空のショーである。その輝きは私が子供の頃見た遠い記憶以来のものであった。しばし、呆然と見とれていると案内の森田先生が、はやく写真にとの声。気が付き三脚を立てカメラのセットをしているうち、背後の山あいがら霧が発生たちまち忽ちこのショーに幕がおりてしまった。残念無念山の天気は変わりやすい。

 東の空が白む頃、霧は一気に晴れ雲海の山の嶺々がパノラマのように広がり見渡せた。白い雲海に浮かぶ嶺々は大海に浮かぶ大艦隊のようだ。微かな茜色の天空には薄雲が棚引き、天空に広がる水墨画の大掛軸である。

 日の出も近い。穂高の山頂の上に棚引く雲が真っ赤に輝きだした。台風一過の空は澄み渡り茜色に染まる雲間に後光のように光線が走り、真っ赤な太陽が山頂に顔を出したかと思ううちに、忽ち全身が現れ山の嶺々を光りであ包み込んでしまった。拝みたくなるような荘厳の御来光である。地元の森田先生もこんな素晴らしい日の出は見たことがないとのこと。この幸運には謝々の連続である。

 

 

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